過去のセミナー

2020年12月

女子学生のための哲学研究者ウィンタースクール

日時:2020年12月19日(土) 15:00 - 18:00

登壇者:秀島真琴(上智大学)、槇野沙央理 (城西国際大学)、八幡さくら(東洋大学)

オーガナイザー青田麻未(成城大学)、津田栞里(一橋大学)、槇野沙央理 (城西国際大学)

概要主に学部や大学院修士課程に在籍する女子学生を対象に、女性研究者からみた哲学研究について、ウィンタースクールを開催いたします。

  • 大学院進学を検討中の方はもちろん、哲学に興味関心がある女子学生の参加を歓迎します。

  • 当日は、哲学・倫理学・美学を専門とする博士後期課程からPD(博士研究員)までの若手女性研究者によるレクチャーを行った後、登壇者と参加者が直接に意見交換・質問相談を行えるようなネットワーキングイベントの時間を設けております。

  • レクチャーでは、登壇者が「研究者を志したきっかけ」や「研究内容の紹介」、「哲学研究の最先端で活躍する女性研究者」について、お話しいただく予定です。さらにネットワーキングイベントでは、参加者の細かな疑問に先輩研究者が直接お答えします。

  • 女子学生を対象とする企画は今後も継続的に開催予定であり、今回はその立ち上げイベントです。少しでも多くの方にご参加いただき、疑問点や要望を共有、次回以降にみなさまの声を反映していければと考えております。関心のある方はお気軽にご参加ください。

参加資格:「女性」、ただしその基準は問いません


※参加者が安心して発言するためのセーフティネットとして、今回は参加資格に限定を設けています。 ※「女性」には、性自認が女性の方や出生時に割り当てられた性別が女性の方等を含みます。何らかの仕方で女性であることによって生じた不安や悩みを抱えている方は、是非ご参加ください。 ※学生以外の方の参加も可能です。

参加方法無料・事前登録要(詳細は以下の特設ページを参照のこと)

特設ページhttps://www.philosophyonline.net/women2020


ポスター背景https://pngtree.com/
women2020.pdf

ワークショップ「科学と社会の間の波を読む」

日時:2020/12/13(日) 14:00-16:30

オーガナイザー:清水右郷(国立循環器病研究センター 医学倫理研究部)

WS概要

科学と政治の境界の問題、専門知と民主主義のバランスの問題、社会における科学者の役割の問題......。科学と社会の間で絶え間なく現れるこうした問題に対し、「科学論第三の波」と呼ばれる新しい流れが一定のまとまった見解を示そうとしている。この新しい流れは、科学社会学者のハリー・コリンズとロバート・エヴァンズらが中心に進めているもので、邦訳では『我々みんなが科学の専門家なのか?』(2017年、法政大学出版局)、『専門知を再考する』(2020年、名古屋大学出版会)が刊行されており、これら以外の未邦訳の著書・論文集も続々と公刊されているところである。

本WSでは、この「科学論第三の波」の意義を見極めるために、別のアプローチとの比較を行う。実際のところ、専門知を社会的意思決定に活用するためのアプローチは、リスク論、レギュラトリーサイエンス、「証拠に基づく政策立案(Evidence-Based Policy Making)」など様々なものがある。これらのアプローチは既に実社会で実践されており、科学と社会の関係について独自の議論を重ねてきた。これらのアプローチと「科学論第三の波」を照らし合わせながら、科学と政治の境界の問題、専門知と民主主義のバランスの問題、社会における科学者の役割の問題を再考しようというのが本WSの狙いである。

登壇者*

我妻秀栄(東北大学 文学研究科)「科学論第三の波の概要と位置付け」

小野恭子(産総研 安全科学研究部門)「レギュラトリーサイエンスとは:化学物質のリスク評価を例に」**

永井孝志(農研機構 農業環境変動研究センター)「リスク評価・管理分離論の現状と課題」***

林岳彦(国立環境研究所 環境リスク・健康研究センター)「“エビデンス“の適切な政策利用に向けて:学術的に議論するなら最低限このくらいのレベルを出発点としたい5X3のperspective」****

清水右郷(国立循環器病研究センター 医学倫理研究部)「争点としての“科学の価値自由性“:寄せては返す波を眺めつつどんな波に乗るべきか思案する」


*発表順未定、タイトルは全て仮題**関連論文 「化学物質安全のためのレギュラトリーサイエンス」(2013年) https://www.jstage.jst.go.jp/article/sesj/26/5/26_440/_article/-char/ja/***関連論文 「リスク評価とリスク管理の位置づけを再構成する解決志向リスク評価」(2013年) https://www.jstage.jst.go.jp/article/sraj/23/3/23_145/_article/-char/ja/**** 関連論文 "A framework for implementing evidence in policymaking: Perspectives and phases of evidence evaluation in the science-policy interaction" https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S146290112030873Xjstage.jst.go.jp化学物質安全のためのレギュラトリーサイエンスJ-STAGEjstage.jst.go.jpリスク評価とリスク管理の位置づけを再構成する解決志向リスク評価J-STAGE

研究構想発表

日時:2020年12月12日(土) 14:00 - 16:00

Time Table

14:00-15:00 網谷優司(京都大学)「ニーチェによるニヒリズム論とフロイトによるメランコリー論の接続の試み」

15:00-16:00 三富雄介(大阪大学)「チザム的な自己認識の可能性について

人生の意味の哲学をはじめからていねいに

日時2020年12月6日(日) 16:00 - 18:00

講演者長門裕介(大阪大学)

副音声遠藤進平(一橋大学)、難波優輝(神戸大学)

Youtubehttps://youtu.be/dIKLDKdzEI0

Youtube(副音声)https://youtu.be/_IXZ9t-ND7c

備考:副音声はリアルタイムで講演内容にコメントします。

研究構想発表

日時:2020年12月5日(土) 14:00 - 16:00

Time Table

14:00-15:00 有馬景一郎(放送大学)「フェリックス・ガタリの『分裂分析的地図作成法』における四機能素の内実についての研究」

15:00-16:00 柳田和哉(大阪大学)「W. v. フンボルトとJ. S. ミルにおける陶冶と政治

2020年11月

哲学で起業──ビジネス×哲学の実践と課題──

日時:2020年11月22日(日) 14:00 - 15:00

講演者:吉田幸司(クロス・フィロソフィーズ株式会社 代表取締役社長)

ワークショップ「抽象と概念形成の哲学史 ──古代から現代へ──」(日本哲学会共催・連続講演)

日時:2020年11月21日(土) 15:00 - 17:00

オーガナイザー:池田真治(富山大学)

WS概要:本ワークショップは、日本哲学会と哲学オンラインセミナーの共催企画であり、第79回日本哲学会大会で開催予定だった公募ワークショップ「抽象と概念形成の哲学史──古代から現代へ──」(要旨)を代替開催するものです。月1回ほどの連続公演として開催予定です。第四回となる今回は、Jimmy Aames氏がパースの抽象の理論について講演を行います。(第一回第二回第三回

講演者:Jimmy Aames(大阪大学)

タイトル:前切と実体的抽象化:パースにおける抽象の理論

抽象と概念形成WS第四回ポスター(20201024_2).pdf

概念形成論史の中の「具体的普遍」

日時:2020年11月8日(日) 15:00 - 17:00

講演者:木本周平(東京都立大学)

統計学はなぜ哲学の問題になるのか

日時:2020年11月7日(土) 14:00 - 16:00

講演者:大塚淳(京都大学)

関連書籍https://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-1003-0.html

2020年10月

三木那由他『話し手の意味の心理性と公共性:コミュニケーションの哲学へ』トークイベント

日時:2020年10月24日(土) 14:00 - 16:00

コメンテーター:槇野沙央理(城西国際大学)、松井隆明(東京大学)

概要:著者の三木那由他氏とコメンテーターのお二人で三木那由他『話し手の意味の心理性と公共性:コミュニケーションの哲学へ』(勁草書房、2019年)についてのトークイベントを開催します。

ジャンケレヴィッチの郷愁論再考

日時:2020年10月17日(土) 15:00 - 17:00

講演者:奥堀亜紀子

要旨:『不可逆的なものと郷愁』(1974)においてジャンケレヴィッチは郷愁論を論じている。同著作においてジャンケレヴィッチは郷愁を「閉ざされた郷愁(nostalgie close)」と「開かれた郷愁(nostalgie ouverte)」に区別し、それぞれの郷愁的主体の特徴を論じている。本稿はアンセルの解釈に同意し、郷愁的主体の形而上学的な在り方を記述していく。アンセルは、「~というコト(quod)」という領域において私たちが、過去の過去性または自らの有限性を自覚すると解している。彼女によれば、この自覚が「郷愁」である。だがジャンケレヴィッチの形而上学は道徳形而上学ともみなされている。ジャンケレヴィッチの道徳形而上学の理解を踏まえていく場合、彼の郷愁論はどのように再検討されうるのだろうか。本稿がジャンケレヴィッチの郷愁論の再構築を通して見直したいのは、有限的な生を生きる私たちが、自ら経験し得た過去あるいは記憶とどのように折り合いをつけて生きているのかという問題でもある。

ワークショップ「抽象と概念形成の哲学史 ──古代から現代へ──」(日本哲学会共催・連続講演)

日時:2020年1017日(土) 10:00 -12:00

オーガナイザー:池田真治(富山大学)

WS概要:本ワークショップは、日本哲学会と哲学オンラインセミナーの共催企画であり、第79回日本哲学会大会で開催予定だった公募ワークショップ「抽象と概念形成の哲学史──古代から現代へ──」(要旨)を代替開催するものです。月1回ほどの連続公演として開催予定です。第三回となる今回は、浅野将秀氏と五十嵐涼介氏がカントとロッツェの抽象主義批判について講演を行います。(第一回第二回

講演者浅野将秀(東京都立大学)、五十嵐涼介(東京都立大学)

タイトル:カントとロッツェの抽象主義批判

ポスターhttps://drive.google.com/file/d/16_KKfSdMtuwW-mbsd7jI4LV1GG5ewkr6/view?usp=sharing

2020年9月

モノ化はいつ悪質になるのか

日時:2020年9月27日(日) 10:00 - 12:00

講演者:八重樫徹広島工業大学

要旨フェミニズムからのポルノグラフィ批判を通じて広まった「モノ化」(objectification)の概念は、社会学・政治学・心理学だけでなく哲学でもいまなお熱い議論の的になっている。近年の議論状況の中でほぼ合意されているのは、「モノ化」は多様な要素を包括する概念だということである(Nussbaum 1995; Langton 2009)。道具性、代替可能性、身体への還元などの要素の中で、本発表はモノ化が持つ「自律性の否定」という側面に焦点を当てる。モノ化をめぐる議論の中で中心をなすにもかかわらず合意が得られていないのは、「モノ化はどのような場合に、そしてなぜ、悪いのか」という問いである。論争上のさまざまな立場は、「つねに悪い」と「決して悪くない」を両極端とするスペクトラムをなしている。その中に私たちが立つべき適切な場所を探るために、本発表は特に自律性を否定するモノ化の累積的危害に注目しながら、モノ化の悪さを再考する。

トマス・アクィナスの「悪の研究」──『定期討論集 悪について』第1問題

日時:2020年9月4日(金) 14:00 - 16:00

講演者石田隆太(慶應義塾大学)

要旨本発表は、トマス・アクィナスの『定期討論集 悪について』第1問題を精読することによって、悪に関する彼の原理的な考察を整理することを目的とする。彼によるその「悪の研究」は、主著である『神学大全』の第1部でも窺うことができるが、それよりも後の著作である『悪について』の第1問題でも取り組まれている。彼の「悪の研究」が、『神学大全』と『悪について』とでどのように異なるのかを整理して示すことにしたい。なお本発表は、トマスの悪論に関する何らかの独自な解釈を提示することよりも、日本語による全訳が公刊されていない『悪について』第1問題を発表者が読解した結果を共有することに重きを置く。西洋中世哲学の悪論がどのようなものであるのかの一端を紹介する場にもしたい。

2020年8月

統計力学の基礎をめぐる力学的アプローチと統計的アプローチ

日時:2020年8月28日(金) 15:00 - 17:00

講演者:稲葉肇(明治大学)

要旨統計力学は,気体や固体などのマクロな物質の性質を,分子や電子などのミクロな対象の集団の統計的性質として導出する物理学の一分野である.哲学者向けに言うならば,それは古代ギリシア以来の原子論という素朴な物質観を,物理学的に保証する分野と言ってもいいだろう.そこで中心的な役割を果たす概念はアンサンブルと呼ばれるが,その正当化をめぐっては,(擬)エルゴード性という力学系としての性質に訴えるものと,大自由度系のもつ統計的な性質に訴えるものがあった.本発表では,科学史の観点からこれらの違いそのものと,その違いが生じる理由について考察したい.

[プレ発表]誕生と死、アレントとハイデガー

日時:2020年8月23日(日) 15:00 - 17:00

講演者:青木崇(一橋大学社会学研究科)

要旨:近年、ベネターなどの反出生主義や出生率をめぐるアトウッドのディストピア小説『侍女の物語』(1985)への注目など、「誕生」というテーマに対する関心が高まっている。本稿の課題は、こうした状況を背景にしつつ、ハンナ・アレントの「誕生性(natality, Natalität, Gebürtlichkeit)」論を、有限な生の肯定として解釈することである。本稿ではまず、『人間の条件』の第二版とも称されるドイツ語版『活動的生』に着目することで、「誕生性」論をむしろハイデガーの思索の継承として捉え直す。その上で、アレントによる生肯定が、近現代的な生肯定――アレントはこれを「最高善としての生」と皮肉る――に抗するものものであることを明らかにするとともに、その出産推奨主義的(natalistic)でない論理を浮き彫りにする。

備考:本講演は、日本アーレント研究会で予定していたシンポジウム(「生まれること」を考える)の延期に伴う、提題のプレ発表です。

ワークショップ「哲学的時間論の新展開──現在主義を捉え直す──」

日時:2020年8月22日(土) 14:00 - 17:00

オーガナイザー:鈴木 生郎 日本大学

提題者: 佐金 武大阪市立大学、梶本 尚敏シドニー大学、山名 諒京都大学

WS概要:マクタガートがかつて指摘したように、時間のあり方を理解する上で、過去・現在・未来という区分は根本的であるように思われる。実際、もし過去・現在・未来という区分が時間に備わる客観的な特徴でないとしたら、時間についてのわれわれの常識的理解は維持することが難しいように思われる。たとえば「時間は経過する」ということはごく常識的な理解であるが、もし過去・現在・未来が時間に備わる客観的な特徴でないとしたら、時間の経過が客観的事実であるかどうかも疑わしくなる。というのも、時間の経過は、ある出来事が未来のものから現在のものへ、さらには過去のものへと変化することと独立に理解することが困難だからである。同様に、未来は不確定であり、過去はすでに確定しているといった常識的理解も、過去・現在・未来という区分の客観性を前提するようにみえる。

いわゆる時間についてのA理論――現在・過去・未来の区別が時間にとって本質的であるとする時間論――は、まさにここで挙げたようなわれわれの常識的理解を擁護しようとするものである。A理論には、おおよそ三つの代表的な立場がある。まず、「動くスポットライト説」によれば、過去・現在・未来を含む「ブロック宇宙」全体(さらにはそこに含まれる対象すべて)が実在するが、そのうちの一部に「現在」という特別なスポットライトが当たっており、そのスポットライトは刻々とその位置を変動させていく。「成長ブロック説」によれば、過去と現在に位置するもののみを含むブロック宇宙が実在し、時間の経過とともにそのブロック宇宙は「成長」する。この立場によれば、現在とはまさに成長していくブロック宇宙の「先端」にほかならない。最後に、「現在主義」によれば、実在するのは現在に位置するものだけであり、過去や未来に位置するものはすべて実在しない。

こうしたA理論の立場のうち、これまでのところもっとも多くの支持を集めてきたのは、現在主義である。その理由は、A理論の直面するいくつかの課題――いわゆるマクタガートのパラドックスや、現在が特別であることという我々の信念を説明するという課題――にこの立場がうまく答えられるように思われるからである。しかし他方で、現在主義は、深刻な問題を抱える立場でもある。たとえば、相対論のような科学理論と整合するのかという問題だけでなく、そもそも現在主義をトリヴィアルでない形で規定することができるのかという問題(自明性問題)や、過去や未来についての命題を真にするための根拠を用意できるのかという問題(truth-maker問題)、現在主義において時間を通じた持続を説明することが可能なのかという問題など、難題が山積している。こうした事情から、現在主義をめぐる議論状況は今まさに変化しつつある。すなわち、現在主義をどのように規定すべきか、そもそも現在主義をどう評価すべきかについて、大きな見直しが行われようとしているのである。

本ワークショップの目的は、こうした現状を踏まえた上で現在主義に対する見直しをさらに進めること、さらにはそこから時間論に関わる重要な洞察を引き出すことにある。そのために、まず鈴木生郎(日本大学)が、現在主義をめぐる議論状況を簡単に確認する。続いて山名諒(京都大学)は、自明性問題を主題的に論じる。そのポイントは、自明性問題が、現在主義において「時間の経過」を語ることに関するより大きな問題に結びついていることを示すことにある。続いて、佐金武(大阪市立大学)は、現在主義を、持続の問題に答えることができる立場として再規定することを試みる。その際に核となるのは、時間を変化の数として捉えるアリストテレス的アイディアである。最後に梶本尚敏(シドニー大学)は、本当に「現在が特別であるという我々の信念を説明する」という課題に答えられているのかという点から、現在主義を批判的に検討する。それによって、現在主義がどこまでわれわれの直観に根拠づけられているのかをもう一度考え直すことがそこでの目標となる。

以上の概要からも明らかなように、本ワークショップは、現在主義に対する批判と擁護の両方の観点を提供することを目指している。こうした試みが、現代の時間論に対する多面的な理解に資するだけでなく、さらなる議論のための刺激となれば幸いである。

Time Table

14:00~14:15 鈴木 「現在主義をめぐる現状と課題」

14:15~14:55 山名 「現在主義から時間の流れを考える」

14:55~15:35 佐金 「アリストテレス的現在主義:変化と持続の問題をめぐって」

15:35~16:15 梶本 「現在主義と『特権的な現在』直観」

16:15~17:00 質疑応答

自己とは何か?──<われわれとしての自己>

日時:2020年8月10日(月) 15:00 - 17:00

講演者:出口康夫(京都大学)

ワークショップ「抽象と概念形成の哲学史 ──古代から現代へ──」(日本哲学会共催・連続講演)

日時:2020年8月2日(日) 15:00 -17:00

オーガナイザー:池田真治(富山大学)

WS概要:本ワークショップは、日本哲学会と哲学オンラインセミナーの共催企画であり、第79回日本哲学会大会で開催予定だった公募ワークショップ「抽象と概念形成の哲学史──古代から現代へ──」(要旨)を代替開催するものです。月1回ほどの連続公演として開催予定です。第回となる今回は、アダム・タカハシ氏が中世哲学における抽象と知性認識について講演を行います。(第一回

講演アダム・タカハシ東洋大学)

タイトル:中世哲学における抽象と知性認識──アヴェロエス、トマス・アクィナス、ドゥンス・スコトゥス

ポスターhttps://drive.google.com/file/d/1cMzc3aPC1wRImXB_EJb8xxxcs3DZfzIy/view?usp=sharing

2020年7月

ベルクソンは『物質と記憶』で知覚想起をどう区別したのか

日時:2020年7月26日(日) 15:00 -17:00

講演者:原健一(北海道大学)

要旨知覚することと想起すること。これら二種類の経験はどのような点で異なるのか。一般的に、知覚とは、今そこに現にあるものを認知することであり、想起とは、かつて知覚したがいまそこにはないものを思い出すことである。私たちはこれら二つをふだんは問題なく区別できている。しかし、このことは、私たちがどうやってこれらの経験を区別しているのかということが正確に理解されていることを意味しない。実際、この問いにこれまでヒュームやラッセルといった多くの哲学者が異なる回答を与えてきた。またこれは、哲学者のみならず、認知科学などの自然科学の分野においても多くの研究者が関心を寄せてきた問題であり、ここでも、さまざまな見解が表明されてきた。本論文では、まず、知覚と想起の区別にかんする問題の背景を説明したうえで、これまでどのような答えが与えられてきたのかを概観する(第一節~第四節)。

そのうえで、本発表は、この問いにベルクソンが導き出した独自の答えを明らかにすることを目指す(第五節~第九節)。この問題についてのベルクソンのアプローチは、想起のプロセスに注目するという点で、後述するByrne [2010] のアプローチに類似している。しかし、ベルクソンの記述を詳細に見ていくと、彼が想起のプロセスを詳細に分析することによって、Byrne [2010] の理論が抱える難点の克服を試みていたことがわかるだろう。

稲岡大志『ライプニッツの数理哲学』合評会(日本ライプニッツ協会・哲学会主催)

日時:2020年7月24日(金) 13:30 - 17:00

オーガナイザー:鈴木泉(東京大学)

登壇者:稲岡大志(大阪経済大学)、池田真治(富山大学)、中村大介(豊橋技術科学大学)、三浦隼暉(東京大学)

ポスターhttps://drive.google.com/file/d/1WMVafB76Q-_CWDuiXunDeDxxgH7eGQCk/view?usp=sharing

助成科学研究費補助金(基盤研究(C))「図形推論の観点からのライプニッツ数理哲学の総合的解釈」(研究代表者:稲岡大志)

Time Table

13:30〜13:35 趣旨説明

13:35〜13:50 著者による内容紹介

13:50〜14:20 池田:「ライプニッツにおける幾何学的概念の構成と起源

14:20〜14:50 三浦:「モナドロジーと実在性の探究:稲岡大志『ライプニッツの数理哲学:空間・幾何学・実体をめぐって』第II部「空間とモナドロジー」を中心にして

14:50〜15:00 休憩

15:00〜15:30 中村:「ライプニッツの幾何学的記号法における数学と哲学の協働」

15:30〜16:00 著者からの応答

16:00〜16:10 休憩

16:10〜17:00 全体討論

ドゥルーズと判断の問題──アレントと比較しつ

日時:2020年7月18日(土) 15:00 - 17:00

講演者:西川耕平(国際医療福祉大学)

要旨ジル・ドゥルーズの哲学は一般に「判断(jugement)」に抗するものとみなされる。しかし、ドゥルーズは確かにカントの規定的判断に帰されるような判断を批判するものの、カントの反省的判断とは手を切っていないように思われる。たとえば、jurisprudenceという語に集約されるドゥルーズの法思想は、カントの反省的判断を彼なりに引き伸ばしたものと解することもできる。その次第を、やはりカントの第三批判を政治哲学へと拡張したハンナ・アレントと比較しつつ示すことで、「判断」にかんするドゥルーズの思索を明確にする。

喋るロバに住所を与える──様相概念の空間化を徹底する(後編

日時:2020年7月12日(日) 16:00 - 18:00

講演者:遠藤進平(一橋大学)

対談者:森田紘平(名古屋大学)

要旨:ロバは喋ったかもしれない。明日、コートジボワールに雹がふるかもしれない。冷蔵庫にプリンがあるだろう。このような様相のはいった文を説明するために、現実世界のロバと同じように具体的なものとしてどこか別の可能世界に暮らしている喋るロバ(明日コートジボワールに降る雹、冷蔵庫にあるプリン)の存在を要請する――。様相実在論の名で知られる、David Lewisの形而上学的理論は多大な論争をよび、しばしば非難をうけてきた。その過激さや極端さが事沙汰されるが、この発表では、じつは事実は逆で、問題はむしろ空間に位置を占める具体的なものであるという意見を徹底しきれないことによるのだ、ということを論じる。じじつ、Lewis自身が世界は空間的なものだというのに、その空間的な世界が位置するような空間(環・可能世界空間とでもよんでおこう)の存在、つまり可能世界や可能な存在者たちがおさまるべき「住所」についてはおかしなことに頑なに拒むのだ。

発表はだいたい次のような構成をかんがえている。まず、パブリックイメージに反して、存外プラグマティックで自然主義な様相実在論の出自から語り起こす。そのうえで、寄せられた多数の反論をおおざっぱに三つに分類して紹介する。いちおうここまでで、前提知識なしで楽しめる様相の形而上学のダイジェストとして機能する。つづいて、世界は空間的ではあるがそれが位置する空間などはないというLewisの二枚舌の発生源、具体的には反実仮想文の分析をみる。そこで、可能世界間の空間を拒んだのはただLewisというひとの空間観が狭量でユークリッドっぽい素性のいい挙動をしめすものしか空間として認めていなかったからではないかということを論じる。最後に、時間が許す限り、そんな空間の特徴付けの一案として着目している熱力学の応用についてアイディアスケッチを話す。

なお、ビデオ通話において、非対面でミュートした聴衆を相手に喋り続けるということにかなり困難を感じるので、科学哲学、特に物理学の哲学を専門とする森田紘平氏に聞き手役を努めていただく。

備考:本講演は、2020年6月28日に行われたセミナーの後編である。前回の講演では主に現代形而上学の入門的な事項が扱われたが、後編となる今回は講演者独自の議論が展開される。

企業で哲学研究を続けるn=1事例──『在野研究ビギナーズ』に書いたこと、書かなかったこと

日時:2020年7月5日(日) 10:00 - 11:00

講演者:朱喜哲(大阪大学)

2020年6月

この世界のうちで真に実在するものとは何か ──ライプニッツ哲学における現象主義と生物の実在論

日時:2020年6月28日(日) 10:00 - 12:00

講演者:三浦隼暉(東京大学)

要旨本発表の目的は、とくにライプニッツのモナドロジー的枠組みにおいて、物体現象の身分が単にモナドの影のようなものにすぎないという観念論的解釈を問い直すことにある。彼自身が物体を諸実体の寄せ集めとして規定するとき、どうして大きさのないモナドから物体が構成されうるだろうか。むしろ物体現象の基礎には生物という大きさを持った実体が想定されているからこそ、物体はモナドを直接参照する必要ない実在性を持つのではないか。この点を、中期のアルノー宛書簡から後期にかけてのライプニッツが注目した生物概念を中心として論じる。

喋るロバに住所を与える──様相概念の空間化を徹底する(前編)

日時:2020年6月27日() 18:00 - 20:00

講演者:遠藤進平(一橋大学)

対談者槇野沙央理(城西国際大学)

要旨:ロバは喋ったかもしれない。明日、コートジボワールに雹がふるかもしれない。冷蔵庫にプリンがあるだろう。このような様相のはいった文を説明するために、現実世界のロバと同じように具体的なものとしてどこか別の可能世界に暮らしている喋るロバ(明日コートジボワールに降る雹、冷蔵庫にあるプリン)の存在を要請する――。様相実在論の名で知られる、David Lewisの形而上学的理論は多大な論争をよび、しばしば非難をうけてきた。その過激さや極端さが事沙汰されるが、この発表では、じつは事実は逆で、問題はむしろ空間に位置を占める具体的なものであるという意見を徹底しきれないことによるのだ、ということを論じる。じじつ、Lewis自身が世界は空間的なものだというのに、その空間的な世界が位置するような空間(環・可能世界空間とでもよんでおこう)の存在、つまり可能世界や可能な存在者たちがおさまるべき「住所」についてはおかしなことに頑なに拒むのだ。

発表はだいたい次のような構成をかんがえている。まず、パブリックイメージに反して、存外プラグマティックで自然主義な様相実在論の出自から語り起こす。そのうえで、寄せられた多数の反論をおおざっぱに三つに分類して紹介する。いちおうここまでで、前提知識なしで楽しめる様相の形而上学のダイジェストとして機能する。つづいて、世界は空間的ではあるがそれが位置する空間などはないというLewisの二枚舌の発生源、具体的には反実仮想文の分析をみる。そこで、可能世界間の空間を拒んだのはただLewisというひとの空間観が狭量でユークリッドっぽい素性のいい挙動をしめすものしか空間として認めていなかったからではないかということを論じる。最後に、時間が許す限り、そんな空間の特徴付けの一案として着目している熱力学の応用についてアイディアスケッチを話す。

なお、ビデオ通話において、非対面でミュートした聴衆を相手に喋り続けるということにかなり困難を感じるので、だれかが聞き手役として話すラジオの対談のような形式で発表を行うことを検討している

ワークショップ「抽象と概念形成の哲学史 ──古代から現代へ──(日本哲学会共催・連続講演)

日時:2020年6月21日(日) 15:00 -17:00

オーガナイザー:池田真治(富山大学)

WS概要:本ワークショップは、日本哲学会と哲学オンラインセミナーの共催企画であり第79回日本哲学会大会で開催予定だった公募ワークショップ「抽象と概念形成の哲学史──古代から現代へ──要旨を代替開催するものです。月1回ほどの連続公演として開催予定す。第回となる今回は、酒井健太朗氏がアリストテレスの抽象の理論について講演を行います。

講演:酒井健太朗(環太平洋大学)

タイトル:アリストテレスの抽象理論の射程

要旨本稿の目的はアリストテレスの抽象理論の射程を探ることである。彼のこの理論に向けられる多種多様な批判のうち、エルンスト・カッシーラーによるものは最も重要であると考えられる。カッシーラーは『実体概念と関数概念』において、アリストテレスの抽象理論が(1)論理学は実体を代表とする道具立てを持つ形而上学によって基礎づけられている、(2)重要な関係カテゴリーに低い位置づけしか与えていない、(3)実際の学問と,特に数学との折り合いが悪い、という3つの問題を有することを示した。本稿は先の目的を達成するため、これらの問題のうちの(2)へは踏み込まず、(3)に応答することを通じてアリストテレスを擁護し、結果として(1)のような「素朴」な学問観の可能性を担保するという戦略を採る。具体的には、アリストテレスの抽象理論やそれに類似する帰納理論の内実について確認した後に、両理論の差異を明確化し、そのうえで、カッシーラーのアリストテレス批判が妥当なものではないことを示す。

ポスターhttps://drive.google.com/file/d/1u3tzL4cKLe_r0Spro1g1Zz5JGTorctAe/view?usp=sharing

アーカイブ動画https://youtu.be/cL1eizrOUVQ

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多元的存在論・プラグマティズム・観念論 ガブリエルから(ブランダムを経由して)ヘーゲルの哲学体系の多元論的解釈へ

日時:2020年6月20日(土) 16:00 - 18:00

講演者:大河内泰樹(京都大学)

要旨:本報告では、マルクス・ガブリエルの多元的存在論を出発点に、その多元主義を基本的には採用しながらもその問題点を指摘します。さらにその問題点を解消するためにブランダムの「存在的コミットメント」をめぐる議論が有効であることを示し、そこからヘーゲルの哲学体系を多元的存在論として理解する道筋を提示します。基本的には2年前に、ガブリエルが来日した際に東洋大学で行った報告と同じものです。その一部については、その後以下の二つの論文で活字にしています。

  • 大河内泰樹「存在と反省──ガブリエルによるヘーゲル批判へのメタクリティーク」東洋大学国際哲学研究センター編『新実在論の可能性(国際哲学研究 別冊11)』2019年3月、pp. 43-52.

  • 大河内泰樹「多元的存在論の体系──ノン・スタンダード存在論としてのヘーゲル『エンチュクロペディ』」『思想』第1137号、2018年、pp. 6-20.

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カルナップ、クワイン、セラーズ ──分析性をめぐって

日時:2020年6月13日(土) 14:00 - 16:00

講演者:松井隆明(東京大学)

要旨カルナップ、クワイン、セラーズは戦後のアメリカにおける分析哲学の発展を牽引した哲学者であり、近年ますます盛んに研究されている。なかでも、分析性をめぐるカルナップとクワインの論争は、分析哲学史研究や形而上学の方法論をめぐる議論における中心テーマのひとつとなっている。また、セラーズの哲学は、J. マクダウェルやR. ブランダムの仕事の影響により、近年再評価を受けている。しかしながら、カルナップやクワインの研究とセラーズの研究は基本的に独立に行われてきたため、セラーズは分析性をめぐるカルナップ・クワイン論争について詳細な議論を行っているにもかかわらず、この議論は十分に検討されてこなかった。本発表では、(1)分析性/総合性の区別を受け入れるセラーズはクワインの分析性批判にどのように応答したのか、(2)セラーズの応答はカルナップの応答とどう違うのか、を再構成する。

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引用の記述説の擁護

日時:2020年6月7日(日) 14:00 - 16:00

講演者:山形頼之(産業技術総合研究所)

要旨:引用(符)は言語がそれ自身を語るデバイスとして重要であり、その意味論を巡っては様々な説がある。本講演では引用に関するさまざまな説と論点を紹介したのち、引用は引用される表現の記述であるという記述説を取り上げる。記述説はGeechやTarskiによって唱えられたが現代では誤った説として重要視されていない。本講演では記述説をより一般的に定式化した上、多くの批判に対して頑健であることを示し、さらに引用内の指標表現やQuasi-quotationの解釈で他の説よりも優れていることを主張する。

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2020年5月

言葉の意味を問題にする際に背景とされるものは何か──ウィトゲンシュタインの「環境Umgebung」に着目して

日時:2020年5月31日(日) 15:00 -17:00

講演者:槇野沙央理(城西国際大学)

要旨ある言葉の意味を問題にする際に、私たちが自明のこととして、いわば背景に退いているものとして扱っている事柄があるように思われる。そうした事柄を、使い古された「文脈context」という語で呼ぶとすれば、本発表の目的は、「文脈」をどのような仕方で措定することがproblematicであるかをあぶり出すことである。またそれだけではなく、これをどのような仕方で見直せば、私たちが積極的に引き受けたいと思えるような前提とすることができるのかをも考察する。そのために、晩期ウィトゲンシュタインの遺稿に登場する「環境 Umgebung」という語に着目する。

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18世紀ドイツにおけるスピノザ受容

日時:2020年5月30日(土) 15:00 - 17:00

講演者:津田栞里(一橋大学大学院)

要旨本発表では、『エチカ』を含むスピノザの『遺稿集』が刊行された1677年から、バウムガルテン『形而上学』第二版が出版された1743年に至るまでの期間に、どのようにスピノザが受容され、その像が変化していったのかを検討する。これまで理解されてきた当時のスピノザ像とは、ベール『歴史批評辞典』(1697)の影響によってつくられた、無神論あるいは宿命論の象徴であった。しかしながら、イスラエルが『急進的啓蒙』(2001)で描き出したように、先に挙げた一世紀のうちにも多様なスピノザ解釈を確認することができる。そこで私たちは、スピノザ(主義)をめぐる言説とそれら相互の関係を改めて整理し、その変遷を辿ることを通じて、当時の哲学的課題を掬い上げることを試みたい。その際に注目すべきは、18世紀を代表する一大論争であったランゲとヴォルフの応酬であり、それを経てスピノザ(主義)の定式化と分析を試みたバウムガルテンである。

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過去志向・未来志向のフレーミング──居住環境における親しみの美的経験について

日時:2020年5月23日(土) 10:00 - 12:00

講演者:青田麻未(成城大学)

要旨本発表は、環境美学および日常美学の先行研究を踏まえたうえで、居住環境すなわち自分に住む街に対して親しみを感じる経験を一種の美的経験として捉え、この経験がどのようにして生じるのかを明らかにすることを目指す。またそれを通じて、そもそも居住環境とは我々にとっていかなるものなのかをも把握することを試みる。この分析の要となるのが、「過去志向のフレーミング」および「未来志向のフレーミング」という本稿独自の概念である。親しみの美的経験は、なんらかのきっかけによって、過去あるいは未来という現在とは別の時間を意識することで生じると本発表は主張する。そしてこの時間の流れというプロセスの存在は、我々によって居住環境はいかなるものなのかを検討する際にも重要な鍵となる。

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合理的野蛮性に対する抵抗としてのmemento vivere──ニーチェとアドルノ

日時:2020年5月9日(土) 15:00 -17:00

講演者西章(沖縄大学)

論文URLhttps://kwansei.repo.nii.ac.jp/index.php?action=repository_view_main_item_detail&item_id=14811&item_no=1&page_id=30&block_id=85

要旨:本稿で明らかにしたのは次の二点である。第一は、ディオニュソス的なあり方を推奨するニーチェの思索と「激烈な罪科」から目を逸らさないアドルノの思索が、「アウシュヴィッツ」に象徴される野蛮な合理化に抗する点で共通していることである。第二に、両者の思索が1970年代に日本の障害者運動を牽引した横田弘が展開した「内なる優生思想」批判とも軌を一にするものであり、ここに両者の思索の現代的意義が存していることである。

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レポート課題について考える──コピペレポートを防ぐための工夫

日時2020年5月1日(金) 14:00 - 16:00

講演者:成瀬尚志(大阪成蹊大学)

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2020年4月

生物学の実践から見る科学的一般化

日時:2020年4月26日(日) 10:00 - 12:00

講演者:吉田善哉(ミネソタ大学)

要旨:科学的一般化や法則性をめぐる科学哲学者の議論はしばしば高度に理想化・抽象化された定式化に基づいており、科学者が実際にどのように一般化に取り組んでいるかはこれまでほとんど注意を向けられてこなかった。本発表では生物学の具体的な研究を例にとり、科学の実践的側面(例えばモデル生物の使用やメカニズムの視覚的表現など)に注目することが科学的一般化の哲学的理解に有用であると論じる。

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対象言語とメタ言語のinterplayへの洞察──フレーゲ、ゲーデル、ウィトゲンシュタイン、ダメット

日時:4月19日(日) 15:00 - 17:00 16:00 - 18:00

講演者:岡本賢吾 (東京都立大学)

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